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旅行業登録 (有)南京ツアー・コンサルティング
東京都知事登録旅行業  第3-6074号
旅行業登録:2005年9月30日
有効期限:~2015年9月29日
業務範囲:海外旅行(中国)
東京事務所 〒157-0063  東京都世田谷区粕谷2丁目4-7-302
TEL&FAX: (03)3329-0290
営業時間:平日10:00~17:00(土曜、日曜および祝祭日は休み)
旅行業務取扱
管理者
小倉晴久(総合旅行業務)
主たる業務
の内容
江蘇省の省都南京市に代表事務所を設置し、最新の中国情報の収集を行っています。中国悠久の歴史と多様な文化を愉しめるような、中国旅行のお手伝いをさせていただきたいと願っています。
阿部仲麻呂

「天の原 ふりさけ見れば春日なる

三笠の山に出でし月かも」

この歌で有名な阿部仲麻呂は、717年、第7回遣唐使船で、若き留学生として中国に渡り、日本人としてただ一人、科挙に合格して、玄宗皇帝側近のエリート官僚となりました。

しかし、この高い身分がわざわいして帰国することが叶わず、36年もの長きにわたり中国に滞在しました。 ようやく帰国の許可が下り、中国を去るにあたって詠んだのが、冒頭の歌だといわれています。

阿部仲麻呂が帰国する遣唐使の船団には、日本で戒律を授けるよう請われてから12年、6度目の渡日を目指す鑑真和上も、乗船していました。

しかし、運命の悪戯としか言いようがありませんが、鑑真の乗った第2船は、無事薩摩半島に上陸することができたものの、阿部仲麻呂の乗った第1船は強い嵐に見舞われ、遥か南のベトナムに漂着してしまいました。その後2年越しで、なんとか唐の都、長安に辿りつきましたが、二度と日本に戻ることはできなかったのです。

日本が盛んに中国の文化を取り入れ ていた当時、阿部仲麻呂は先兵の一人として中国で数奇な生涯を閉じました。日中の架け橋となって活躍した彼の思いは、
今もなお、31文字の歌となって語り継がれています。

ちょっと唐突なイントロになってしまいましたが、南京ツアー・コンサルティングは、中国悠久の歴史や文化を少しでも多く体感していただく、中国旅行のお手伝いをすることで、日中の小さな架け橋となることを願っています。

南京市旅行局聘書

(南京市旅行局より、日本人初の「南京博愛使者」の称号をいただきました)

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