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中国紀行|アモイ・チンタオ

 2002年5月

(美しい海辺の街アモイとチンタオ-1/5)

桜花苑のおかみが日本に戻ったあと、彼女が経営していたチンタオの店を訪ねたことは、前にお話しした。ここで時間を、中国で迎えた二度目の労働節(メイデー)の直前まで、巻き戻してみたい

鼓浪嶼のビーチ    

ちょうどそのころ、彼女の店をひと目見ようと、チンタオ行きをあれこれ思案していた。たまたまスタッフのひとりとそんな話しをしていたら、「アモイとチンタオは、中国でもっとも美しい海辺の街だと言われています」という返事が返ってきた。

「もっとも美しい海辺の街」という意外な響きに、方向はまったく逆だったが、それではアモイも訪ねてみようと思い立ったのである。

           

福建省南部の海岸線に立地するアモイは、台湾海峡を挟んで台湾中部の町、台中と対峙している。かつて中国と台湾の間で緊張が高まったころ、よく名前の出てきた金門島はアモイの対岸数キロのところにあり、平べったく横に長い島影を、肉眼ではっきり見ることができる。

           

このような地縁関係から、
台湾に住む多くの人びと
の故郷は、アモイを中心
とした福建省南部だと言
われている。

アモイ市は、東西12キロ
南北14キロほどの丸い
形をした厦門島と、その
西南の鼓浪嶼と呼ばれ
る小島そして厦門島に隣
接する大陸の一部など、
7つの区で構成された
地域で人口は134万人
である。

  海岸通り 鼓浪嶼の洋館

厦門島にある3つの区のうち南端に位置する思明区は、その西側の海岸線が、ちょうど鼓浪嶼(コロンス島)と向かい合っている。この区の名前は、郷土の英雄鄭成功が明末に抗清運動を続けていたとき、アモイの地を思明州(明を思う州)と改名した古史に因んでおり、英雄の祖国明への熱い思いと、若くして台湾で生涯を閉じた数奇な運命が偲ばれる。

厦門島の空港から南下して街の中心に向かうと、南国特有の樹木が綺麗に立ち並ぶ湖が見えてくる。

ちょうど市庁舎のある辺りで、ここからさらに南の思明区に至る地域が、所謂アモイとして知られる中心街だ。

クラウンプラザにチェックインしたあと遅い昼食をとり、タクシーに乗って近くの南普陀寺に出かけてみた。

    南普陀寺
           

寺の前には大きな蓮池が満々と水をたたえ、奥の小高い山の方に向かって天王殿、大雄宝殿、大悲殿などの大きな寺院が連なっている。創設は古く唐の時代にまで遡ると言われ、荘重な佇まいだ。

           
五老峰からの眺望  

寺院の後ろにある五老峰を登ってゆくと、中腹に見晴らし台がある。眼下に広がる南普陀寺は、前庭の四角い大きな蓮池と左右の仏塔、その手前に縦方向に行儀よく配列された天王殿などの寺院、そして鐘楼や鼓楼などが、完全な左右対称にレイアウトされていて、上から見下ろすと設計者の意図がよく理解できる。

蓮池の左側には大きな赤い三角屋根の高層ビルが聳え、その周辺には白壁の住宅が建ち並ぶ。伝統の中国とは一味違った異国情緒が漂い、この地が租界地として西欧列強に支配されていた歴史を連想させる。
今回訪れるアモイの鼓浪嶼も、このあと旅するチンタオも、清の末期以降、租界という艱難に満ちた時代を経験しているのだ。

(続く)

 
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