2008年9月
昼過ぎに九江のバスターミナルに着いた。夜汽車の切符を買うために先ず九江駅に向かい、寝台車の下の席を注文したら、寝台席は全て売り切れだという。隣り駅の南昌始発だというのに、売り切れ?!些か驚かされたが、乗車したあと乗務員に尋ねれば空いている寝台席が買えるだろうと思いながら、やむなく普通席の切符を買った。
遅めの昼食をとってタクシーをひろい、待望の陶淵明記念館に向かった。
何とも驚いたことに、雲間から太陽が出たり入ったりするようになる。こんなにむきになって、ブ源旅行をキャンセルすることもなかったのにと思いながら、タクシーでしばらくまどろんだ。
やがて見覚えのある小道を曲がり、池と林のある記念館に着いた。さっそく墓のある場所を確認して、館内に入る。
入口左手に広がる大きな池の奥に、あたかもずっと昔からここにあったかのように、インターネットで見覚えのある墓の門が、周囲の風景にすっかり溶け込んで立っている。
六朝の戦乱の時代を生きた陶淵明は、祭文という葬儀のとき哀悼を表して死者に捧げる文章を、死に至る前に自ら自分のために作り、「不封不樹《盛り土をした墓はいらず、墓前の植樹もいらない》」と詠んだ。
そんな彼に墓があるのは、些かそぐわないが、遅くとも明代のころから彼の墓が存在していたらしい。今ようやく目にすることができた墓は、清の乾隆年間に修復されたもので、廬山の南にある海軍施設の中から、この記念館に移設されたものである。
この偉大な詩人五柳先生の詩文には、考えさせられることが多い。
やっと3年越しの鬱憤を晴らし、積年の溜飲を下げたが、それにしても驚かされたのは、墓前の池のほとりに、「日中友好記念植樹」と大書された白い木柱が立っていたことである。
2008年4月8日、日本のとある詩吟学院の移動教室と記されていた。早耳の日本人が、やっぱりいるのである。
閉館近くまで、陶淵明記念館で時間を過ごし、九江に戻ってゆっくり夕食をとった。それにしても、行きも帰りも満席というのは、一体どういうことなんだろう。
夜の10時になって、ようやく乗車、案内係に聞いた8号車に行き、車掌の来るのを待った。
乗ってから寝台席を買おうという客が、すでに10人以上いて、列をなしている。
汽車が動き出してから30分ほどして、ようやく車掌がやって来たが、列の前の方から人が帰りだした。寝台席は、全て売り切れなのだ。 やむなく指定の座席に戻ったが、立っている人も結構いる。
これから10時間も、こんな窮屈なところで座り続けなければならないとは・・・。前回の南昌行きの夜バスといい、江西省の旅は、どうも鬼門である。
(終わり)
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