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中国紀行|南昌・廬山・九江

(陶淵明の墓と九江の潯陽楼-5/5)

2005年4-5月

琵琶亭

唐の天才詩人白楽天は、40代の熱血官僚時代に、越権行為があったとして江州《現在の九江市》に左遷された。江州の長官時代に詠まれた有名な琵琶行を記念し、琵琶亭が建っている。

「潯陽江頭夜客を送る《江州長江のほとりで、夜客を送る》」で始まるこの長編詩は、左遷され失意のうちにあった白楽天が、かつて都で評判の名妓で、今は地方商人の妻に身を落とした女姓の弾く琵琶の音に涙した情景を、ドラマティックに歌い上げ、読む人を感動させずにはおかない。

琵琶亭の望楼から、長江を望んだ。遥か唐の昔に思いを馳せたが、初夏の強い日ざしのなかで、「夜客を送る」琵琶行を連想するのは、さすがに無理がある。

酒でも飲みながら、夜、望楼に登って長江に臨めば、そんな切ない情趣を感じ取ることができるのかも知れないなどと、とりとめのないことを考えながら、琵琶亭をあとにした。それにしても、九江は暑い。まだ風薫るはずの5月の初めだというのに、タクシーを捜して大通りに立っているだけで汗がにじむ。やっとの思いでタクシーをつかまえ、六面七層の鎖江楼を見学、そこからは歩いて潯陽楼に向かった。

ミドルバー

水滸伝の主人公宋江は、ちょっとしたいざこざから妾を殺してしまうが、斟酌されて死刑は免れ、遥か南の江州に流された。江州で彼は潯陽楼に登る。素晴らしい風景と見事な料理に心を打たれ、大いに酒を飲んだが、流罪の身を嘆いて、次のような詩を詠んだ。

  • 心は山東にあり身は呉にあり
  • 江海に流浪していたずらに嗟吁(さう)す
  • 他時もし凌雲の志を遂げなば
  • 敢えて笑わん黄巣の丈夫ならざるを
潯陽楼

流罪の身を嘆く一方で、今に見ていろという気概を詠んだまではよかったが、深酒の勢いが余って、楼の白壁に自分の名前と共にこの詩を落書きしてしまった。落書きされたこの詩が、唐末に起こった黄巣の乱を凌駕したいという意味にもとれることから、危険人物としてお上から追われる身となり、やがて梁山泊の頭領となって、権力に反抗し、弱者を助ける英雄伝を繰り広げてゆく。

宋江が梁山泊に登る契機となった潯陽楼は、唐の時代に創建された由緒ある楼閣で、その後何度も改築が繰り返され、現在のものは1987年に建てられた。果たしてどんなものが見られるのか、気もそぞろに楼門をくぐると、薄暗い1階の大広間に、おびただしい数の陶器の人形が積み上がっている。どうやら梁山泊の108人の豪傑を、ひとりひとり再現したもののようだ。キャラクター揃いの梁山泊の豪傑が、こんな可愛い陶人形になってしまっては、水滸伝ファンには些か物足りないだろう。

ちょっとがっかりして階段を登ると、上の方から何やら甲高い人の声がする。そのうち、弦楽の音も聞こえてきて、京劇の歌のようだ。3階の階段を登りきると、格子戸に囲まれた涼しげな空間が、豁然と開けた。

広場の片隅には、一組の男女が向かい合って甲高い声をはりあげ、周りには何人かが弦や太鼓で伴奏している。こんなところで練習していいものかとも思ったが、一心不乱に歌ったり演奏したりする人びとが、何ともほほえましかった。

潯陽楼
宋江の詩文

一通り見終えて1階に戻り、陶人形の豪傑に、もう少し何とかならないものかと自問しているとき、水滸伝の大舞台となった潯陽楼に、宋江の詩が見当たらないことに気がついた。念のために入口の受付で聞いてみると、2階にあるという。

さっき通って来たばかりなのに随分不思議に思い、また2階に戻って、小部屋一面に貼ってある大きな紙に書かれた長文を注意深く見てゆくと、ようやく「心在山東身在呉」の文字が目に入った。

随分お粗末な展示に驚かされたが、もともと水滸伝はお上に逆らう物語りとして禁書になっていたこともあり、今でも一党独裁の当国の治政者からは煙たい存在であることを思えば、あまり立派に作れないという事情があるのかも知れない。

(終わり)

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