2001年5月
同里の街並みは、日本の村興しや町興しで整備されたところとよく似ている。小奇麗なお土産の店が軒を連ね、旗や幟、提灯などの飾りつけも賑やかに、訪れる人の旅情を掻き立てる。
そんな幾つかのお土産売り場のなかに、テレビに出てきたあの状元蹄の売店が何軒か営業していた。こんがり焦げ茶色に仕上がった豚足が、店いっぱいに行儀よく並んでいて、買い求める人も結構多い。
やっぱり地元でも人気なんだなどと思いを巡らしながら、店の前でしばらく立ち尽くしているうちに、この売店を見るためにわざわざやって来た自分が可笑しくなった。
土産物街を通り過ぎると、ガイド嬢は退思園という庭園に案内してくれた。中庭にある池と、その傍らに建つ屋根の先が反りあがった庵、そして小さな岩山や木立の立ち並ぶ風景は、蘇州で見た名園と遜色がない。
館の2階に上がって外を眺めると、「黛瓦」が目の前一面に広がっている。
ひとつひとつの瓦の形状は、日本のものと比べると、とても小さくて曲がり方も少ない。
全体を眺めると、甍の波はずっと細かく繊細で、白壁との調和がとれて独特の風情がある。
白壁をよく見ると、覗き窓の部分が幾つか空いているが、その形状が四角や丸、八角形などいろいろあって、往時の人々の遊び心が偲ばれる。こうして退思園の2階を降りて幾つかの部屋を通り、入り口から反対側に向かって薄暗い通路を抜け出ると、その先に運河のある明るい風景がパッと広がった。
まるでお祭りのようなラッパや鐘、太鼓の音、運河に浮かんだ小船、観光客の歓声、そんなものが突然目の前にワーッと飛び込んで来てびっくりする。ツーリストのための、アトラクション広場。そんな感じの空間だった。
10人くらいが乗れる観光客用の小船が、何艘も運河に浮かんでいて乗客でいっぱいだ。さっそく乗ってみる。船頭がひとり、後ろについている一本の櫓を漕いでゆらゆら進む。
運河には幾つもの太鼓橋が架かっていて、船から見上げると、その橋の上を観光客が乗った籠が渡ってゆく。籠を担ぐ男たちは黄色い上着に赤いズボン、籠は燃えるような紅色に緑の縁取り、さらに籠の前には数人の男たちがラッパや鐘、太鼓を鳴らし、囃し立てて行進している。
そのうち運河の一方の岸からは、賑やかな楽隊の音が聞こえてきた。エメラルドグリーンと臙脂色の単色の上着とズボン姿の女性たちが二列にきちんと並んで、手にした黄色の長い絹布を大きく左右に振りながら後ろに続いている。「簡静雅潔」の世界に突然踊り出た、鮮やかな補色の彩りだった。
そんなお祭り気分いっぱいの喧騒のなかで、運河べりに腰掛けてスケッチブックを広げる人や、白壁の脇にキャンバスを立てて静かに絵を書く人が幾人かいる。
無彩色と極彩色。そして静と動。
とても極端な取り合わせだったが、私にとっては何となく渾然一体とした空間で、異次元の扉を開けて空想の世界に迷い込んで来たように感じられた。
「南京好日」より抜粋。
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