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中国紀行|揚州

 

(隋の煬帝と揚州の柳-1/3)

2001年5月
 
涛声  

日本画家東山魁夷の『米寿記
念展‐唐招提寺障壁画と画業
六〇年の歩み』と題した展覧
会が東京の高島屋で あった。

どの絵を見ても感心させられ
てしまうものばかりだったが、
特に普段は見ることのできな
い唐招提寺の障壁画は圧巻
だった。

涛声と題された海の絵は一六面の襖に描かれ、沖から海辺に押し寄せてゆく幾重
もの波が、ゆったりとした動きで右から左へと進んでゆく。全体の画面には僅かにふたつの岩塊が描かれているだけで、あとはすべてが青い海。波の織りなす白い泡模様が、何とも言えない動きを表現している

海という単調なモチーフであるにも拘わらず、ここまで見事にその広がりとムーブ
メントを表現する構想力には、天賦の才というものを感じずにはいられなかった。

                   

もうひとつ、強く印象づけられた障壁画がある。それは揚州薫風の間にある襖に描かれた、柳の絵である。

唐招提寺には鑑真和上像が安置されているが、この絵は日本に渡来した鑑真を偲び、彼の故郷である中国江蘇省揚州の、痩西湖湖畔に立ち並ぶ柳を描いたものだ。

海の絵と違って単彩の墨絵だが、古木の柳の太い幹が大胆な構図で、襖を突きぬくように描かれている。

荒々しい筆のタッチが湖畔をそよぐ風を感じさせ、枝垂れる柳の強い動きが伝わってくる。
海の絵とは一味違う逸品であった。

揚州薫風1
揚州薫風2

南京に赴任してからは、東山魁夷の描いた柳をぜひ見てみたいと思っていた。揚州は幸いにして、南京から車で高速に乗って一時間ほどの距離にある。

またこの地は、当時の国家主席江沢民の生地としても知られている。
たまたま北京に出張したときに、南京の飛行場にエール・フランスの飛行機があるのを見つけ、香港行きしか国際定期便のないこの飛行場に、なぜエール・フランスなんだろうと不思議に思ったことがある。後になって、当時シラク大統領が江沢民の実家を訪問していたことを知ったが、彼らも揚州から車で南京の飛行場までやって来たのだろう

     

揚州は南京ほどの大都市ではないが、古い建物が随所に残され、湖と運河そして柳が似合う落ち着いた歴史の街である。

清の乾隆帝が何度も行幸し整備された痩西湖はこの街のシンボルで、有名な杭州の西湖に因んでその名がつけられた。西湖のように丸くて大きな湖ではなく、細長くて小さいので痩せた西湖というのだそうだ。

  揚州の街1
                           

痩西湖にやって来たときは、さすがに興奮していた。
東山魁夷の描いた柳で、頭がいっぱいだったからである。公園の入り口は黒山の人出で、入園券と湖を渡る乗船券を買うのに、慣れない中国語でさんざん苦労する。やっとの思いで公園に入った。すぐ目の前に痩西湖が広がっており、湖畔の散歩道には、大きな柳の古木が競うがごとく立ち並んでいる。

                             
痩西湖1    

樹齢を経た太い幹の大木が多く、瀟洒な姿かたちが湖面に映えて、何とも言えない風情がある。

襖絵に描かれた、あの柳。

荒々しい筆のタッチが、眼前に揺れる柳の枝と重なってくる。嬉しくなって湖畔の柳の並木を大股で歩きながら、頬を撫でる薫風を胸いっぱいに吸い込んで、高まる感動を押さえた。

(続く)    
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