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中国紀行|昆明・大理・麗江 |
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(昆明、大理そして玉龍雪山-1/5) |
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| 2002年2月 | |||||||||||
社内中国語会話研修コースに通っていたころの先生は、ご自身が中国語の入門書を執筆され、大学で中国語を教えておられたが、なかなかの事業家で、毎年夏休みを利用して短期間の中国研修旅行を企画されていた。 |
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雲南省は、南はベトナム、ラオス、ミャンマーと国境を接し、西にはチベットが迫る山深い地域である。雲南省や青蔵高原から水源を発した六つ大河が、遥か彼方の三つの大海に注いでいる。 |
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このような名だたる大河の揺籃の地だけに、山地と丘陵地帯が雲南全省の9割以上を占めており、残りがバーツと呼ばれる盆地などの平地部分で、ここに人びとが集落を作っている。 |
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亜熱帯地域に属してはいるものの、平均高度が海抜2,000メートルほどもあるため、昆明市のもっとも寒い1月の平均気温が9.5度、暑い6月が21.6度、年間平均気温が16.1度と、気候風土はまことに凌ぎよい(2003年度中国統計年鑑)。 このため、中央から遠く離れた辺境の地であるにも拘わらず、秦の始皇帝の時代には、西南の夷の地として早くも中華の版図に入ったという。その後唐や宋の時代には、中央との臣属関係を維持することで、南詔国や大理国として長い間自治を保った。 |
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| 当時の政治の中心地であった大理は、独自の文化を示す文献資料が豊富に残っていることから、「文献名邦」(名邦とは名声のある国といったような意味)とも称されている。 | |||||||||||
雲南省の省都昆明の飛行場には、昼過ぎに到着した。アライバルロビーから出口に向かって歩いてゆくと、地図を手にかざした多くの人が、一斉に声をかけて近寄って来る。どうやら旅行会社のスタッフが、観光客の呼び込みをしているようだ。奥にある事務所を指差しながら手招きしている女性がいて、私はその事務所の構えが立派に見えるというただそれだけの理由で、この女性に目配せした。 |
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彼女に連れられて事務所に入ると、昆明をはじめ周辺観光スポットのパンフレットを見せてくれる。時刻表などを見てみると、これらのスポットを飛行機で日帰りするのは、発着時間の関係で不可能なことが分かった。 |
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彼女は旅程表を書き上げて説明してくれる。 |
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