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江南の街道・ |
杭州(こうしゅう) |
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銭塘江(せんとうこう)の河口に位置するこの地には、銭塘という古称がありましたが、隋の制度改革で杭州と呼ばれるようになりました。その後、宋の時代になって、北方の金に圧迫された王朝は揚子江の南に逃れて南宋を建国、高宗年間には杭州が首都と定められ、以後140年余りにわたって繁栄を続けました。 |
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(孤山から西湖を望む) |
(孤山の散歩道) |
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マルコ・ポーロが杭州を訪れたころは、元に無血開城してからまだ日が浅く、南宋の首都であった杭州の栄華がまだ残されていたのでしょう。「これから、この都の栄華のほどを話すとしよう。まったく、ここは世界中でもっとも豪華な、もっとも富み栄えた都で、話しがいがあるというものである(「全訳 マルコ・ポーロ東方見聞録」青木一夫訳より引用)」といって、多くの紙面を割き、杭州の繁栄振りを紹介しています。 現在の杭州は浙江(せっこう)省の省都で、市街区の人口約400万人の大都会です。JALや全日空の直行便が乗り入れ、日本でも良く知られるようになりました。 |
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(蘇堤) |
(蘇堤から西湖を望む) |
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杭州の中心部には、西湖(せいこ)があります。周囲がおよそ15キロあり、日本の諏訪湖ほどの大きさですが、中国ではもっとも有名な観光地のひとつです。 湖内には人工の堤が2本通っていて、それぞれ白堤(はくてい)、蘇堤(そてい)と呼ばれています。これらの名前は、共に長官として杭州に滞在した唐の天才詩人白楽天と、宋の詩人蘇東坡(そとうば)に因んで付けられたものです。2つの堤を走破するのは大変ですが(長い蘇堤は2.8キロもあります)、西湖周辺の主だったホテルには貸し自転車が用意されているので、時間があればこれらを利用してゆっくり湖を周遊するのも、楽しい思い出になるのではないでしょうか? |
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(但し、日ごろから 残雪、平湖秋月、 三潭印月など、多 くの見どころがあ りますが、夕焼け に映える雷峰寺の シルエットは、なか なか味わいの深い ものです。 |
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(西湖の夕暮れに雷峰塔を望む) |
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また、湖の北西には、南宋の時代に金と戦った岳飛(がくひ)の廟があり、岳飛を謀殺した秦檜(しんかい)夫婦が後ろ手に縛られた座像があります。かつて、この像に唾を吐く光景がTVで報道されましたが、今は「唾吐くべからず」の注意書きがあり、唾する人も見られなくなりました。 西湖から真っ直ぐ南に向かうと、銭塘江にぶつかります。この河は、河口から先が長い入り江になっているため、満潮時に潮が逆流することで有名です。 逆流する高波を静めるため、銭塘江大橋のふもとに高さ60メートルの重厚な六和塔が聳え立っており、塔上からは、海のように広がる銭塘江を一望することができます。 |
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(六和塔) |
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