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江南の街道・

揚州(ようしゅう)

 
 

揚州を語るとき、隋の煬帝(ようだい)の名を挙げないわけにはゆきません。

北の黄河(こうが)と南の長江(ちょうこう)を運河で結ぶという壮大な構想を実現させただけでなく、彼自身も揚州には3度も行幸し、この地の経済と社会的地位を大いに向上させました。煬帝は、揚州滞在中反乱軍に殺害されましたが、揚州から車で30分ほど郊外に足を伸ばせば、彼の陵墓を目にすることもできます。

                         
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(市内の本屋さん)

(痩西湖に通じる運河)
         
  唐代には、運河のおかげで南北の交易が盛んになり、長江を遡上してやってくる外国人も多くこの地に駐在したといわれています。時代が下って、清初には、康熙乾隆(こうきけんりゅう)ニ帝の南巡で、揚州は大いに栄えました。
         

現在の揚州は、行政区の総人口450万人、市街区の人口は110万人ほどの中都市で、南京からは、車で高速道路に乗って、1時間ほどのところに位置しています。

運河が何本も通る街並みは、やはり江南のイメージと重なりますが、変わった格好の塔が街中に立っていて、ちょっと違った雰囲気を愉しむこともできます。

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(市内の交差点に立つ塔)
                       

この街の最大の観光スポットは、乾隆帝が愛したといわれる痩西湖(そうせいこ)です。この湖は、もともと川であったところを、隋唐の時代から人手を入れて湖に仕立てたもので、細長い形から痩西の名が付いたといわれています。

                       
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(吹台)
(五亭橋)
                       

湖に沿って柳の古木が立ち並ぶ風景は一種独特で、康熙乾隆の行幸で栄えた往時を偲ばせてくれます。また、この湖のハイライトである五亭橋(ごていきょう)や、吹台(すいたい)、ラマ教の白塔など、自然と人工が不思議に混ざり合い、蘇州などの庭園とは一味違った風情があります。日本画家、東山魁夷の手になる唐招提寺の障壁画「揚州薫風」は、鑑真ゆかりの揚州の、痩西湖の柳をモデルにしたことで知られています。

                       
また、笹を愛した塩の豪商が建てた個園では、世界遺産の蘇州庭園にも負けない園林の情趣を味わうことができます。
                       

揚州で生まれた鑑真(がんじん)は、大明寺の住職を務めていたころ、すでに多くの弟子を持つ高僧であったにもかかわらず、遣唐使からの訪日要請を受け入れました。

しかし、高名であったが故に弟子たちの渡航阻止にあったり、出帆しても嵐で遠く海南島まで流されたりして、じつに12年もの歳月を重ね、6度目の試みでようやく日本に辿り着いた話しは、余りにも感動的です。この鑑真和上が住職を努めた大明寺も、日本人にとっては興味深い場所ではないかと思います。

境内には、鑑真逝去1200年を記念して建立された鑑真記念堂、4面9層で70メートルの高さを誇る棲霊塔(せいれいとう)、白壁に開いたいろいろな形のくぐり門などを楽しむことができます。

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(大明寺棲霊塔)
                         
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