(市内の交差点に立つ文昌閣)
揚州(ようしゅう)をこよなく愛した隋の煬帝(ようだい)は、臣下や宮女を同行させて、舟で揚州に行幸するため、黄河(こうが)と長江(ちょうこう)を縦に運河で結ぶという、壮大な構想を実現させました。
この運河のおかげで、揚州は交通の要衝となり大いに栄えました。このため、遣唐使が中国に着いたあと、最初に揚州に向かい、ここで朝廷からの入国許可を待ったといわれています。
運河が何本も通る揚州の街並みは、やはり江南(こうなん)のイメージと重なりますが、変わった格好の塔が街中に立っていて、ちょっと違った雰囲気を愉しむこともできます。
この街の最大の観光スポットは、乾隆帝(けんりゅうてい)が愛したといわれる痩西湖(そうせいこ)です。湖に沿って柳の古木が立ち並ぶ風景は一種独特で、日本画家、東山魁夷の手になる唐招提寺の障壁画「揚州薫風」は、鑑真ゆかりの揚州の、痩西湖の柳をモデルにしたことで知られています。
また、鑑真が住職を勤めた大明寺(だいみんじ)や、笹を愛した塩の豪商が建てた個園(こえん)など興味深い史跡を目にすることができます。
(痩西湖に通じる運河)
(痩西湖・吹台)
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