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玄武湖・鶏鳴寺・九華山
                       

玄武湖(シュエンウーフー)は、南京市街の北東に位置する周囲約10キロ、水深1〜3メートルの湖です。

もともと断層作用で形成された沼沢湿地だったと推定されており、三国時代の呉の孫権が、この地に水を引き入れて水軍の訓練を行い、「練湖」と呼ばれたのが湖のルーツだとも言われています。

六朝の宋(420-479)の時代にも、 ここで水軍の訓練が行われ、「500楼船(二階建の軍船)十万兵」などと詩に詠まれており、当時は統治階級だけが利用できた治遊 の地であったようです。その後、北宋の王安石の改革で「廃湖還田」の名のもとに大規模な埋め立てが行われました。

(玄武門の先に広がる玄武湖)
明の太祖朱元璋の時代に、玄武湖は防衛上の城河として再整備されましたが、湖としての面積は、六朝の宋の時代の三分の一ほどにまで縮小したといわれています。
       
(玄武湖環洲)
(市役所裏の城壁から玄武湖を望む)
                     
玄武という呼称は、湖中に黒龍が出現したとの言い伝えや(黒は玄に通じる)、古代神話の北の神が玄武であることに由来する(湖は町の北に位置する)など、諸説があります。湖中に浮かぶ5つの島には、釣りや散策、家族連れで遊ぶ人びとが溢れ、市民の憩いの場となっています。
                       
                       
 

玄武湖の南端には、南京市政府の建物が東西に広がっていますが、その西側には鶏籠山と呼ばれる小高い丘があり、その上に、高さ44メートル、7層8面の瀟洒な萌黄色の塔を持つ鶏鳴寺(ジーミンスー)が建っています。

この地には、六朝の梁527年に同泰寺という名の正式な仏寺が建立されましたが、その規模は極めて大きく、天竺の高僧達磨もこの寺に滞在したと伝えられています。

明代になって鶏鳴寺と改名されましたが、戦火による消失と再建が繰返され、1958年には尼の修道場となりました。その後再修復が決定し、1985年には再び鶏鳴寺として公開されるようになりました。

 
   
(鶏鳴寺)
                   

南京市政府の庁舎を挟んで東側には九華山(ジウフアシャン)公園があり、公園の小高い丘の上には、唐の高僧玄奘を祭った玄奘三蔵塔が建っています。

                   
 

玄奘は、「西遊記」のモデルとなった高僧で、むしろ三蔵法師の呼び名で有名ですが、彼の遺骨(頂骨)は、もともと唐の都長安に安置されていました。その後の戦乱で骨塔が破壊されたため、南京の高僧が頂骨の一部を南京に持ち帰り、明の永楽年間には、三蔵塔が建立されました。

しかし清末の戦乱で塔は再び崩壊し、頂骨は紛失してしまいましたが、南京に占拠していた日本軍によって発見され、南京市政府に返還されました。

返還された頂骨は、霊谷寺に安置されましたが、のちに九華山の三蔵塔が完成し、分骨されました。また、一部は日本に引き渡され、埼玉県の慈恩院に安置されたあと、台湾の玄奘寺、奈良の薬師寺にも分骨されています。

(九華山公園の三蔵塔)
 
       
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