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南京城壁・中華門

南京の城壁の歴史は、遠く三国志時代に溯ります。
市の西側にある石頭城公園に残された城壁は、呉の孫権がこの地を都(当時の呼び名は建業)と定めたときに、築かれたものが最初だと伝えられています。

                     
 
(玄武門)
(中山門)
その後時代が下り、明の太祖朱元璋が、21年の歳月をかけて作り上げた城壁が、現存する南京市の城壁の基礎となっています。
     

さらに朱元璋は、左右対称で碁盤の目のような長安以来の城市の常識を打ち破り、長江や紫金山、そして玄武湖などの自然の地理をそのまま利用した、総延長33キロにも及ぶ壮大な城壁を築き上げました。

現在は修復が進み、23キロほどが城壁として整備されていますが、その規模は、中国というより、世界のなかで最大級のものだといえます。

(石頭城公園の城壁)
     

朱元璋が計画した城壁は、1)南唐以来の中心部の内城壁の改修、2)城市の北側の城壁を長江沿いまで拡大、3)兵士を収容できる城砦の建設、4)外城壁の建設、の4つの段階に分けられますが、外城壁は、永楽帝が北京に遷都したこともあり、結局未完のままで終わっています。

     
       

内城壁にあった13の門のうち、4つが現在も明代のままの形で残されています。中華門(ツョンフアメン)は、その中でも最大で、3段構えの防御囲いを持つ縦129メートル、横118メートルの城砦です。

この防御囲いは、敵兵が門を破って囲いの中へ侵入してきたとき、城壁の上から石を落としたりして撃退するために作られたもので、最初の囲いが破られても、2番目、 3番目の囲いで防御できるように設計されています。

   
(中華門)
                   

中華門の陳列室には、武器として使われた石や、明代の城壁のレンガを目にすることができます。

(2番目の防御囲い)
(文字の残る城壁のレンガ)
     

中華門の最初の門は3階建てになっていて、1階に6つ、2階に7つの洞窟(藏兵洞)が設けられており、最大のものは奥行きが45メートルもあります。

さらに両側壁の14個を加えると、これらの洞窟は合計27個あり、平時は物資の貯蔵庫として、また有事には兵士の待機場所として使用され、全ての洞窟を使うと、3,000名の兵士を収容できたといわれています。

(側壁にある藏兵洞)
 
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