(パールバックが少女時代を過ごした家)
女性として初めてノーベル文学賞を受賞したパール・バックは、宣教師の父、アンドリュー・サイデンステッカーが鎮江(ちんこう)で布教活動をしていた関係から、生後3ヶ月から大学入学のため再びアメリカに戻るまでの少女時代、18年間を鎮江で過ごしました。
中国名は賽珍珠(サイ・ツェンツュ)。「賽」は旧姓サイデンステッカーの音訳、「珍珠」はパールを意訳したものです。
パール・サイデンステッカーよりもパール・バックとして有名ですが、これは、南京大学で教鞭をとっていた農業経済学者、ロッシング・バックと結婚後の名前です。彼女の代表作「大地」は、結婚後、南京で執筆されました。
宣教師として慎ましい生活を送ったと伝えられる住居は、だらだら坂を登った小高い丘に建っています。
周囲の中国の住居と比べると、一際大きな洋館で、2階の寝室に母娘三人の写真を見ることができます。左は母ケアリー、中央は妹グレース(パールもグレースも、とても美人だったんですね)。
その下の小さな写真は、ロッシング・バックと結婚したときのもの。
(パールバックの寝室)
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