(岳廟正門)
このような過渡期の乱世に生きた岳飛は、義勇軍に参加して金軍とよく戦い、何度もこれを打ち破って軍功を立てた英雄です。しかし、和戦派の宰相秦檜(しんかい)らに無実の罪を着せられ、養子の岳雲とともに誅殺されてしまいました。
その後冤罪が証明され、1204年に鄂王(がくおう)の名が贈られて、西湖のほとりに岳飛を祀る廟が建てられました。
漢人の母国宋のために異民族国家金とよく戦ったにもかかわらず、冤罪で殺害された岳飛は、永遠の悲劇の英雄として、中国人に根強い人気があります。
右の写真は、秦檜夫妻が後ろでに縛られて、さらし者にさせられている有名な座像です。
(秦檜夫妻像)
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