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中国の世界遺産・廬山

 

1992年に開催されたユネスコ世界遺産委員会で、従来の文化遺産、自然遺産、文化自然複合遺産のほかに、文化景観遺産という新しいカテゴリーが加えられました。

                 
廬山公園

廬山山頂

(廬山街心公園の牡峰像)

(山頂に広がる街並み)

文化景観遺産とは、
1.人類がある意思
をもって設計または
建築した景観
2.有機的に進化し
た景観
3.自然と文化が結
合した景観
と定義され「自然と
人間の共同作品」と
もいわれています。

1996年、中国では
初めて、廬山がこの
新しいカテゴリーに
登録されました。

  廬山石門澗 廬山諾那塔
  (石門澗に建つ道教の小寺) (諾那塔)

それでは、廬山はなぜ文化自然複合遺産ではなくて、文化景観遺産なのかと首を傾げたくなりますが、世界遺産委員会の言を借りれば、「江西省の廬山は、中華文明発祥地のひとつであり、この地の仏教や道教観そして朱子学の観念は、独特の方式で自然と融合し、高い美学価値と中華民族の精神・文化を緊密に関連させた文化景観を備えている」ということなのだそうです。

     
ややこしい説明はこれくらいにして、思索する詩人、陶淵明の話しをしたいと思います。陶淵明は、その生涯の大半を廬山の麓で過ごしました。有名は「采菊東籬下、悠然見南山(菊をとる東籬のもと、悠然と南山を見る)」の一句も、「帰りなんいざ」で始まる帰去来の辞も、廬山にちなんで詠まれたものです。
柴桑橋 陶淵明の酔石
(陶淵明の生地柴桑にある柴桑橋)   (酔石)
桃花源天下第一泉 桃花源1  

廬山南麓には、酒好きの彼を記念した酔石や、「桃花源記」にちなんだ桃花源があります。

(注)「桃花源記」に書かれた空想の世界が、のちに桃源郷という言葉を生みだしました。

一方、陶淵明の人柄を慕っていた白楽天は、江州(今の江西省九江市)で3年ほど、地方長官を務めています。

(桃花源の天下第一泉) (天下第一泉に連なる小道)
桃花源2

そして、陶淵明の故郷廬山に庵を結び、多くの詩を詠みました。日本では、清少納言のおかげで「香炉峰の雪」が人口に膾炙されていますが、「陶公の旧宅を尋ねる」では、「我生君之後、相去五百年。毎読五柳伝、目想心挙挙(我君のあと、相去ること500年。五柳伝を読むごとに、目に想い心に挙挙たり)」と詠んで、陶淵明への熱い想いを吐露しています。

(注)五柳伝=陶淵明の「五柳先生伝」。

(桃花源)

廬山は江西省九江市の南に位置し、南北29キロ、東西16キロほどの広がりをもつ山系です。平均高度が1,000メートルほどもあることから、古来、避暑地としてその名が知られ、あの毛沢東も、この地をこよなく愛したといわれています。避暑地の中心は牡峰鎮(クーリンツェン)にあり、林立する欧州風の別荘が、この地に独特の風情を添えています。

     
廬山の別荘1 廬山の別荘2
(別荘が立ち並ぶあたりで見かけた庭園、そして散歩道)
廬山美廬   廬山の別荘3
(美廬)   (パール・バックが夏を過ごした別荘)

これらの別荘の大半は、清末・民国初に中国に滞在した外国人が、避暑や休暇のために建てたもので、「大地」でノーベル賞作家となったパール・バックも宣教師の父に連れられて、ここで休暇を過ごすのを楽しみにしていたようです。また、国民党の蒋介石と夫人宋美齢が使った大きな緑の洋館美廬(メイルー)も、人気の観光スポットとして一般に公開されています。

さらに廬山には、これを見ずして廬山の旅客とは言えないと讃えられた三畳泉や、李白の詩「飛流直下三千尺、疑是銀河落九天(直下に飛流すること三千尺、銀河の天より落ちるかと疑う)」で知られる廬山瀑布など、幾つかの著名な滝があり、日本では味わえないスケールの大きさを堪能することができます。

           
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