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中国の世界遺産・皖南古村落 |
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村落は郷土社会の根幹をなすものです。数千年にもおよぶ中国の農業経済社会では、家庭の伝統が世代を超えて踏襲され、家長制度を中心とした同族支配体制が確立、国の中で相対的に独立した村落体系が維持されてきました。 |
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| (西逓に残る刺史牌楼) | (西逓の前景) | ||||||||||||||||
19世紀以降、このような農村社会が徐々に変化し次々と消失してゆくなかで、ユ南(ワンナン)古村落は、依然として独立した村落体系を維持し、人文景観と自然とが融合した村落の典型であるとされています。 |
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ユ南古村落のあるイー(黒偏に多)県は黄山の南麓に位置し、西隣りの祁門(チーメン)県は、紅茶の世界三大銘茶のひとつ、キーマン茶の産地として有名です。 |
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| (西逓の家並み) | |||||||||||||||||
その多くは、三合または四合式の組み合わせ住宅で、独特の小さな中庭と精緻な木彫の室内装飾に特徴があります。イー県にある多くの村のなかで、「西逓(シーディー)」と「宏村(ホンツゥン)」が、2000年にユ南古村落として世界遺産に登録されました。 |
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| 西逓には、州の 長官にまで出世 した人を記念して 建てられた刺史 牌楼や、敬愛堂 という宗祠、また 宏村には、清末 の豪商が建てた 承志堂などの代 表的な建物があ り、明清代の建築 様式や室内の木 彫りの装飾など を見学することが できます。 |
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| (室内に施された木彫り) | |||||||||||||||||
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| (宏村の月湖で写生する画学生) | |||||||||||||||||
また、県内の陶氏に伝わる家系図に、第三代目が陶淵明、第五、六代目からイー県に移り住んだと記されていたこと、この辺りが山深く閉塞的であったことなどを論拠に、「桃花源新考」と題したテレビ番組が放映され、陶淵明の描いた「桃花源」はここではないかと提起して話題になりました。 |
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| (宏村の入り口にある南湖の風景) | |||||||||||||||||
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しかしだからといって、この地が桃花源記のモデルとなった場所だということにはなりません。 「桃花源記」で語られた場所は一体どこなのか、古来諸説が唱えられていますが、陶淵明の生きた時代は今から1600年も前のことで、これから先も桃花源は、永遠に空想の世界であり続けることでしょう。 注)「桃花源記」の舞台に設定された武陵(今の湖南省常徳市)は洞庭湖の西岸に位置し、
世界遺産武陵源のそばにあります。 |
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| (南湖で写生する画学生) | |||||||||||||||||
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イー県には南屏村(ナンピンツゥン)があります。著名な映画監督張芸謀(チャン・イーモー)が、「菊豆」でこの村をロケに使って以来、幾つかの映画のロケが行われています。 |
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| (映画「菊豆」の舞台となった祠) | |||||||||||||||||
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