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一度は訪ねてみたい街・

荊州(けいしゅう)

 
 
荊州1  

荊州というと、中国人の多くは「劉備、荊州を借りる」という言葉を思い浮かべるようです。

三国志演義のクライマックス赤壁の戦いで、孫権、劉備の連合軍が曹操軍を撃退したあと、劉備は孫権から荊州を借りることにまんまと成功しますが、弟分の関羽に荊州を守らせて居座り、結局返さなかったという故事に由来する言葉です。

この地域からは、5-6千年前の大渓(だいけい)原始文化の遺跡が多数発掘され、古くから人類が住み着いた地域として知られています。春秋戦国のころは楚の都として栄え、三国時代には魏蜀呉が覇権を争った、中原の要地となりました。

 
(荊州古城の城壁)
   
       

現在の荊州市は、湖北省南部を流れる長江に面し、車で2時間ほど西に向かうと、世界最大の三峡(さんきょう)ダムを目にすることもできます。

市街区は、75万人ほどのこじんまりした街ですが、街の西北に、周囲約10キロの見事な堀と城壁で囲まれた、荊州古城があります。

       

荊州2

荊州3
(城楼から内堀を望む)
(荊州古城東門)
                     

古城には、風変わりな道教の廟や、三国公園、荊州博物館などがあって、ゆっくり散歩しながら見て回るのも、楽しいものです。

四周を城壁で囲まれた街には、日本では味わうことの出来ない一種独特の風情があり、城壁の中を散策しながら、常に外敵から身を守らねばならなかった往時の中国人の生活ぶりを、偲んでみるのもいいでしょう。

                     

荊州4

荊州5

(道教三観のひとつ玄妙観)
(荊州博物館)

荊州博物館には、紀元前167年に埋葬された男性ミイラが展示されています。

 

発掘当時、皮膚に弾力があり、関節も動いたということで、湖南省の馬王堆漢墓(まおうたいかんぼ)の女姓ミイラが有名ですが、当館のミイラも同様に保存状態が完全で、なおかつ、埋葬時期がさらに古いことから、学術的価値が高いと評されています。

荊州長江大橋のたもとには、八面七層の万寿塔(まんじゅとう)があります。明の嘉靖年間(1548年)に創建されたもので、石造りの古色蒼然とした雄大なその姿に圧倒されます。

度重なる長江の氾濫で、周囲の土砂が積みあがり、塔の一階が7メートルほど地下に掘り下がっている光景に、何とも不思議な時の流れを感じます。

  荊州6  
 
(万寿塔)
 
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